山根万理奈のニュー・アルバムが完成した。その名を『愛のme』という。

 

 

YouTubeの“顔を出さないギター弾き語り動画”で話題を集めメジャー・デビュー。やがて活動の場をインディーズに移し、制作資金をネット上で募るクラウドファンディングでアルバムを制作。その手法を導入して5枚目となる本作では、特典のひとつ“オリジナルソング制作”を、自身の武器となる“無限大のテーマを名曲に仕上げる”という境地にまで昇華させた。そのリクエストにはシビアなテーマも含まれ、山根万理奈自身の内面をえぐるようなものまで寄せられた。そのひとつひとつに誠実に向き合い、今や唯一無二の幅広く奥深い歌世界を作り上げている。地元・松江で依頼のあったCM提供曲や、出身大学の“広報大使”の使命として作った曲も収録され、守備範囲の広さには驚くばかり。前作で出会った“最高のバンド・メンバー”と思えるプロデューサー兼サウンドクリエイター別府克彦とのタッグは本作でも実現。相性の良さが群を抜く効果があちこちに溢れている作品となった。

 

山根万理奈にとって最強の相棒であるバーガーインレコード主宰の畑信弘氏にも参加してもらい、このアルバムを生み出すことで辿り着いた心境や、自分の支持者から寄せられたリクエストがどのようにして曲に成っていくかの過程など存分に語ってもらった。これまでになかった“むき出し”な感情や、畑さんから語られた“山根万理奈は愛を歌う人”、“『エゴがない人』という認識は間違っている”という指摘を、“もうそろそろ認めようと思う”という告白まで、現在の山根万理奈の人間性が垣間見れるインタビューとなった。

取材・文/浅野保志(ぴあ)

 

 

 

―――今回のアルバム『愛のme』を制作するにあたり、万理奈さんの中で「こんなアルバムを作ってみよう」といったテーマやコンセプトはあったのですか?

 

作詞とか作曲に関しては、コンセプトを決めてというより今回もまた“一曲一曲作っていった”という感じですね。クラウドファンディングのリクエストがあったり、たまたまタイミング的にCMタイアップのお話とかも重なって。それを全部入れるのか?というのはまたレコーディングしながらの話だったのですけど。でも結果的に、コンセプトを掲げて作っていった訳じゃなかったです。

 

―――クラウドファンディングのリクエストに応えて曲を作っていく過程で、“こんな作品になってきたな”とか、作っていく上でのポイントみたいなものを実感していった部分はありますか?

 

全体を通して、ということですか?

 

―――全体でも結構ですし、曲が生まれ落ちた順番が僕にはわからないので、例えば“この曲が出来たことで全体像がみえた”みたいなエピソードでもいいのですが。アルバムにまとまっていく上での経緯みたいなものがあればお聞かせください。

 

正直、全部書き終えても全体が見えるという感じは今回はなかったです。でも一曲一曲、“あっ、なんか書き切ったな”っていう感じはすごくありましたね。自分の中で、一曲一曲の“出来た感”っていうか。今回、特に曲を作るのもレコーディングも含めて長い期間ではなかったので、同時進行で作っていった曲もありますけど、作って作って、ほんとに凄いスピード感が自分の中でもあったので(笑)。全体を見渡す余裕はなかったかもしれない。でもだからこそ一曲一曲、今までとは違う見え方で作っていった感じはありますね。

 

―――クラウドファンディングのお題を受けとめながら、作りながら、レコーディングしながら、別府克彦さんとアレンジのやりとりすることが、同時進行だった?

 

アレンジは曲がだいだい出来てからお願いしてますね。

 

―――作っていく中で、万理奈さんの中でリード曲というか、柱になるなとか、新しい一面だな、と感じた曲はありますか?

 

(しばらく考えて)一番最後の曲になっちゃうんですけど、「また逢える日まで」(M14)は、リクエストの内容からそうだったんですけど、“自分のことを歌う”というか、自分とすごく向き合って書いた曲だったので、すごいパワーが要りました(笑)。

 

―――この曲は、シンガーソングライター山根万理奈にとっての自分との向き合いだったり、聴いてくれる人たちとの向き合いだったり、という意味では“自分”がすごい如実に出ていますよね。

 

そうですね、“自分”というか、応援してくれる方だったり聴いてくれている方への“自分の気持ち”っていうところで。だから歌詞が、それに合わせて曲も、ですけど、すごく書いては消して書いては消して、みたいな、収録曲の中でも一番ゴールまで時間がかかりました。

 

―――アルバムのブックレットの中に直筆で書かれた曲ごとのメッセージも拝見したのですが、ファンの立場からすると、完成に行きつくまでの万理奈さんの胸の中をみれたというか、“あー、万理奈さんにとってファンはこういう存在なんだな”とか、“歌ってこういう位置付けなんだな”ということを噛み締めることができました。生みの苦しみとしては結構何度も何度も作り直したのですか。

 

やっぱり自分の性格上というか、自分の美学みたいなところだと思うんですけど、“恥ずかしいな”とか“これを言ったら嘘っぽいのかな”とか“ほんとの気持ちなのにどう伝わるんだろう”みたいなことをすごい考えて。歌というよりも言葉として届けたい人が、ある意味明確に見えているので、そのあたりはすごい考えましたね。最初はもっと“ありがとう”っていう、“聴いてくれてありがとう”、“出逢ってくれてありがとう”みたいな、感謝の気持ちみたいなものにフォーカスを当ててたんですけど、作っていくうちに、“なんかそこじゃない!”と思って。“ありがとう”で完結させたくなくて。それで行き着いたのが、再会というか、“また逢える日まで”という気持ちでしたね。

 

―――例えばステージの上から、あるいはCDを通じて曲を発信する人って“ありがとう”という気持ちは出てくると思うんですけど、この境地に辿り着いた万理奈さんが“ありがとう”のその先にこういう気持ちが出てくるというのはすごく“こういう人でよかった”というか、“ホッとした”というか。僕が言うのはたいへんおこがましいですけど(笑)。自分が“好き”という気持ちに対して、ズレが生じることって、例えば音楽でも恋愛でも友情でもあると思うんですけど、この気持ちだったら“信じられる”というか。この境地にひとりで行き着いた万理奈さんって凄いなと思いました。バンドならまだしも、ひとりで生み出すなんて。

 

結構ほんとに苦しくなって泣いたりしてました(笑)。なんかいろんなことを思い出して。今までのこととか、うん...

 

―――過去に万理奈さんが自分の音楽活動のスタイルを“楽しんでやっているから、自分にとってのやり方なんです”みたいなことを表明していました。自分が作品を作る上でその原資をクラウドファンディングという方法で集め、その期待に応え続け、全国各地をくまなくライブで回って直接その作品を届けていくというスタイル。現在、そういう経験を積み重ねながら、こういう境地に行き着いているのがすごい素敵です。歌詞においても語尾とか順番とか、細かいところまで徹底的にこだわっていて、その辺もグッとくるんですよね。

 

そうですね、そこも結構、最終的にこだわって。これが出来てちゃんと伝えられるのはすごい嬉しいです、自分としても。それこそリクエストがなければ自分ではなかなか素直には言えなかったかもしれないですよね、今、このタイミングで。

 

―――リクエストがあってお相手の方に応えることはあっても、世に作品として発表しないものもあると思うのですが、この曲を世に出すには勇気も要ると思うんです。でも万理奈さんは今回、“出そう!”と思ったんですね。

 

(マネージメント代表の)畑さんとかに聴いてもらったときに、パーソナルなところで終わるのではなくてちゃんと届けられる曲になっているっていうところを評価してもらえたので。それは聴いて欲しい人がたくさんいるから。これからもそうだし

 

―――これから将来的に万理奈さんの音楽に出逢う人も含めて、“万理奈さんの気持ちってこういうところから生み出てるんだよ”っていうバイブルになったのかもしれないですね。そんな曲が最後に収められているからアルバムとしてジーンとくる感じがとてもよかったですね。他の曲についても生まれるまでのエピソードを教えてください。

 

自分の中ですごい対照的だなと思ったのが「新優等生」(M1)で。これはかなり自分のフィルターを通しています。ブックレットにも書きましたけど、“もし合唱コンクール中学生の部の課題曲を作るとしたら”というリクエストで。だから中学生に向けて書くんですけど、自分のお客さんとか私の見える範囲で中学生の方ってほとんど居ないんです。だから「また逢える日まで」を書くときに今まで出逢った人を思い浮かべたのとは別で、ある意味まだ見ぬ知らない人に宛てて書く。その点が違ったんですけど、だから自分の中ではすごく新しくて。今までもいろんなリクエストをもらってきたけど、リクエストのリクエストというか(笑)、なんか不思議な感覚で。リクエストなんだけど、そのリクエストの内容が『課題曲を考える』っていう。だからそれをきいたときに面白いな!って思えて、すごく(制作意欲に)火は点いたんです。

 

―――アルバムの発表を重ねる中で、リクエストを出した人も出さない人も、“こういうキャッチボールを経て万理奈さんのアルバムに曲が収録されるんだよ”っていうことが方法としても定着し始めてますよね。そのテーマを想像したり実際に聴いてみて、“あー、こういう結果を出してくるんだ”ということを味わう積み重ねで、“だったらこういうお題は?”とか、“この人にこういうリクエストを出したら面白いだろうな”という感覚で、テーマを探していく習慣が出来てますよね。

 

クラウドファンディングに「リクエスト」という特典を付けたときに、自分で言うのもアレですけどすごく面白いし良い特典だなって思った。でも“ひとり1曲くらいの感じなのかな?”というイメージだったんですけど、意外とリピートする方もいらっしゃって。だからキャッチボールをして、このお題だったらどういう曲が生まれるんだろうっていうのをリクエストして下さる方も、すごく期待して楽しんで下さってる感じがすごく新しいですよね。広がりもあるけど、同じ人がまた積み重ねてさらに、っていうこともある。そこでまたやりとりのブラッシュアップがあるっていうのは自分も想像してなかった。ある意味、次の段階に行っているっていう感じがしますね。

 

―――ファンのリクエストのアイデアも長けてきていて、それに対して“ドーンと来い!”っていう万理奈さんの姿勢や曲のクオリティが期待を超えてるから、“じゃあこうしてみよう”というやりとりがみえますよね。「新優等生」はアルバムのオープニング曲というのもあるんですけど、中学生からみるとちょっと先輩である万理奈さんが、中学生に対してエールというか、こういうところを聴いてくれれば大丈夫なんだよっていう見せ方が、ひとつは“優しい”と思うし、もうひとつは、“こういうお姉さんからのメッセージが今の中学生にどのように届くんだろうな”というのが知りたいと思いました。

 

それは私もすごい思いました。リアルに接してない世代に、なんか“もっと”とかって言われるんじゃないかと思ったりしますけど。でも山根万理奈として贈るのだから。以前はもっと尖ることに対して憧れもあったけど、もちろんそういうのも大事だけど、自分の強みや良さはそこじゃないかも、って思ったときに、もっと自分らしく書いていこうって今回はすごく思いましたね。

 

―――ミュージックビデオも拝見したんですけど、あの表情や穏やかな感じが、新たな客層に届くといいなって思いました。違った一面、新たな境地がオープニングからバーンとぶつかってきた(笑)。万理奈さんって常に新しいカードを切れる人で、その切ったカードが今回は〔中学生〕だった。世の中に溢れてる“中学生よ、こうしたらいいよ”っていう見せ方とひと味違ってこの穏やかな感じが、一番中学生の世代から信頼を得るのかなって僕には感じられて。“今の中学生がどう受け止めるか”をこのあと実際に結果が見られるといいな。最初はYouTubeとかで触れるのかもしれないけど、すごく期待しますね。

 

でも実際に中学生をイメージして曲を書いたんですけど、結局自分に返ってくる言葉になったり、大人も一緒だな、って言うか(笑)。結局帰ってくるんだなって思いましたね。

 

―――CM曲がいくつか収録されていますが(「島根県産きぬむすめの唄」(CM ver.M6、「サクラサクセス」M7、「島根県産きぬむすめの唄」(未発表ver.M11)、お米、塾というスポンサーさんからどういうオファーがあってどこまで制約があって、その中で万理奈さんがどういう世界を描いたのか、に興味がありますね。お米のCMはジングルというか、万理奈さんのかわいさがすごく出ていて、違うバージョンが聴けたのもよかったです。塾CMの「サクラサクセス」に関しては、実際のターゲットはその親御さんかもしれないけど、教育を受ける人たちに対して未来を示すという意味で具体的にどんなオファーだったのですか。

 

オーダーとしては“サクラサクセスの教育理念みたいなところは入っていると嬉しい”っていうのはありましたけど、でも「サクラサクセス」をタイトルにもってきたり、サビあたまにもってきたりっていうのは、自分が“それがいい!”と思ってやりました。

 

ーーー実際に塾の表記もカタカナで「サクラサクセス」?

 

そうですね。なんかすごくいい名前だなって(笑)。最初にその話をいただいたときからもう“そうしよう!”って思いました。

 

―――リスナーからのリクエストとはまた違った中で、こんなにハツラツとして、普段出てこない言葉もでてきていて。それは塾の理念なのかもしれないし、CMに合わせた音楽性なのかもしれないけど、万理奈さん、こういう曲も作られるんだなということにびっくりしました。

 

もちろん“実際に受験を受ける学生さんに向けて”というのもあるけど、“塾で働く講師、社員の皆さんにもエールを送って欲しい”って言われたんですよ。それが素敵だなって思った。“塾だけど明るくてなんか踊れる感じで”って言われて。“あっ、いいですね”って(笑)。だからテンポ感とかアレンジでいろいろ変わるなって思ったんですけど、踊るのにいいテンポ感とか、速すぎてもいけないし、ゆっくりすぎても...。すごくそういうのはイメージして作りました。

 

――“生徒さんにも講師やスタッフにも届けたい”という想いや期待に充分応えているし、テレビを通じてそれが世の中に伝わるのですよね。このCMが関東では見れないのが残念

 

これから塾自体も広がっていったら嬉しいですよね、歌も。今回はローカル、CMもそうですけど、そこでしか本来聴けないものを、敢えてアルバムに入れました。

 

―――「今が永遠」(M2)、これも新しいジャンルですね。

 

ありがとうございます!

 

―――これはどういうリクエストだったんですか? ずばり“ボーカロイド”っていうオファー?

 

違います、全然(笑)。それはレコーディングのなかのことで、曲作りの段階ではほんとに関係なくって。もともとは“永遠を肯定して欲しい”みたいな感じでした。私ももちろん思うときありますけど、“楽しいこの今が続いて欲しいな”とか、人に対しての気持ちの変化もそうだし、“自分が変わってしまうのが怖い”みたいな。そういう気持ちを抱えてる中で、“永遠はあり得ないんだろうけど、永遠を肯定して欲しい”みたいなリクエストで。どういう風に答えを出そうかな、と。自分の中で思う“永遠”が、タイトルにもしているように「今が永遠」だっていうところで。だから気休めに“ずっと続いていくよ”っていうことじゃなくって、もっと自分らしい言葉で書きたくて」

 

―――この曲は、そんなお題に対しての答えなのですね。

 

だから“なんか違う”、“求めていたのはそこじゃない”って言われるかもってすごい思いましたね。“求めているものがあるのかも”って思いますよね、“こう言って欲しい”みたいな。

 

(畑)オレ、完璧な答えが来たなって思ったよ(笑)

 

―――“こういうテーマだけど、こういう風に歌って欲しいんだよ”ということだったら、キャッチボールじゃないですもんね。万理奈さんのフィルター、体の中を通すとこういう風になるんだっていうところも含めて楽しむべきだと思うし。

 

だから結構この曲は、キャッチボールの中ではすごい“攻めた”と思います。すごい攻めの曲でしたね、作る段階で。

 

―――結果的にいろんな歌い方、ボーカロイドとかループしていく感じとか、“永遠を肯定”というお題から、「今」っていう風に切り取ってこの音楽性に辿り着くにはどんな試行錯誤があったのですか?

 

自分の頭の中でも“時間”は結構テーマにしているので、SF感っていうか、そういうイメージは確かにあったんです。でも弾き語りのデモを別府さんにお渡しして、返ってきたのが出来上がったものに近いものっていうか、これだった。別府さんがちゃんと汲み取って下さったなと思いましたね。アレンジ的な面では“こういう風に”って私から言った訳じゃなかったんですよ。

 

―――別府さんも、一緒になってそのお題や万理奈さんの音楽的テーマに対して、アレンジだったりプロデュースで“応えていきたい”っていう葛藤が見えますよね。

 

そうですね。だから“あっ、来た来た”と思って。こういうの好きなんですよね、って(笑)。ピコピコした音とかも。

 

―――ボーカルにエフェクト(効果)を加えるところに関しては、レコーディングする上で実際に普通に歌ってみて、万理奈さんと別府さんが直接アイデアのやりとりができたのか、データを送り合う感じなのか、どちらだったのですか。

 

レコーディングは今回も私が松江に行って、別府さんのスタジオでやっているので、そこでのキャッチボールです。現場でのやりとりですね。

 

(畑)歌い方もアレンジの方向性とかも、いつも現場なんですよ。歌を入れてみないとわかんないので。歌ってみてもらったのを聴いて、“あっ違う方がいいな”って思ったら言うし、そのまんまだったら“今のでOK”みたいなときもあるし。結構毎回その場のノリっていうか。

 

―――「祭りのあと」(M3)。これはお題があったのですか。

 

これは“神戸の花火大会を舞台に、歌い上げるラブソングを”ということでした。最初の突破口が見つかるまでは、ちょっと“うーん”って一回、間を置きましたね。

 

―――この世界観も、語弊を恐れずに言えば“映画的”というか、視覚的だし、聴く人それぞれが男女のイメージを想像していいのでしょうけど、このやりとりはすごい粋ですね。このふたりってがっちり気持ちが合ってるというよりは時にすれ違いもあって、でも押し付けがましくなくて、でも自分の中で大事な想い出になっていくっていう。言葉で視覚的に描く万理奈さん、メロディと言葉=詞のセットなのかもしれないけど、描き方に関してアルバムを重ねるごとに表現力がぐいぐい進化してるなぁって思いました。

 

会話で進めたりとか、そういうのはやってみたいなって思っていたことだったので。指輪のくだりとか、入れたいなって思うことがうまくピースがはまっていって作っていきましたね。

 

―――ある意味、それが“映画的”なのかもしれない。

 

そうですね、絵が見えて進んでる感じですね。物語が自分の中で出来ていってそれに言葉がついていくんですよね。

 

―――映画の脚本というか、この前後の状況はわからないのだけど、でも想像したくなるような曲だからステキですね。いつか機会があれば、万理奈さんの曲で映画の主題歌とか実現したらいいですね。ミュージックビデオで万理奈さんが主役の映像はあるけど、別の情景を万理奈さんの曲が彩れたら。

 

あぁ嬉しい(笑)。いろんなコラボがあるといいですね。

 

―――続いて「星降る夜のプレゼント」(M4)は、明確にクリスマスっていうテーマですね。

 

そうですね。

 

―――コード進行や3連のリズムはクリスマスっぽいかもしれないけど、巷に溢れるクリスマスソングとは違った印象もあって。

 

曲の雰囲気はそんなに迷わなかった。歌詞も書き始めたら結構スーッと出来たんです。クリスマスソングなんですけど、大人が聴いたときにちょっと切なくなって、でも幸せで終わりたいというか(笑)。ちょうどいい温度感をすごい探してた。たくさんステキなクリスマスソングってあるから、その中で“私がクリスマスソングを書く意味は何だ?”って思って。“こんな曲があったら私は嬉しいな”って思う、自分が聴きたいものを書いたかもしれないですね。クリスマスが訳も無く楽しみな人も、リア充爆発しろって言ってる人も(笑)、みんながちょっとでも“クリスマスってなんかウキウキしないかい?”みたいなところに持っていけたらいいなって。そういう力のある曲になったらいいなと思って。

 

―――クリスマスに対していろんな想いや考え方を持ってる人にとって、ハッピーになれるキャパシティを持った曲ですね。

 

それを目指しましたね。

 

―――“自分が聴きたい曲を作る”っていいですね。

 

それが出来るのが自分で曲を作る楽しさでもあるよなって思って。自分が聴きたいものを作るっていいなって思いました(笑)。あんまりそういう書き方って今まで無かったかもしれない。

 

―――続いて「小さな世界」(M5)。3拍子とか、小さな子供に向けて、とか、なるほどと思ったけど、もうちょっと普遍的な感じにも思えて、どの世代にも合うテーマだなって受け取れた曲です。

 

嬉しいです。

 

―――「小さな世界」っていうタイトルで、それが流れで“素晴らしき日々”という歌詞に辿り着いているところ、いいですよね。言葉の選び方が。

 

そういうところをちゃんとみてもらえて嬉しいです。普遍的なものほど難しいですね。正解がわからないというか。だからアレンジして歌を入れて、完成されてよかったな~って思いました(笑)。

 

―――ちょっと北欧的なサウンドに乗せてこのテーマが流れていくから、懐が深いというか、すごい贅沢な気持ちになれました。

 

もっとフォークな感じになるのかなとか、自分で作ってるときは思ったんですけど、アレンジとのハマリ方もすごいよかったんですよね。

 

―――万理奈さんの作った曲に対して、こういう隠し味を入れていこうという別府さんの引き出しの広さと、このエッセンスを重ねていくというおふたりの相性が、アルバム2枚目にして深まったなっていう感じがすごくしましたね。

 

(嬉しそうに頷く)

 

 

―――「前へ当たれ」(M8)は、スポーツ、パラアスリートがテーマで、少し難しい感じ。前作でも法律的なテーマとか人権の問題とかありましたけど(アルバム『海とダイヤ』収録の「こころのてんき」)、お題としては、自らテーマを選ぶ人だったら選びづらいだろうなっていう内容に思えました。時期的には旬なのかもしれないですけど。これは“パラアスリート”というテーマのお題だったんですか?

 

そうです。限定的なことです。

 

―――そんなテーマに対して自分が曲を生み出す上で“こうしていこう”っていう手ごたえは、どのような経緯や葛藤があった上で感じられたのですか?

 

全くスポーツをやってない訳じゃないですけど、そんなに自分の中でウエイトが大きいものでもなかった。だからその辺が務まるのかなって思いましたけど、でもだったらそういう自分としてスポーツ選手、パラアスリートの方を含めたアスリートの方への尊敬とか、そういう部分を大事に書いていったらいいんじゃないかと思って。“旬”という話もありましたけど、ポスターのことでいろいろあったり、そういう引っかかるようなイメージがついていたりしますけど、私からしたらみんなすごくて(笑)、分けて考えることでもないというか。リクエストとしては“パラアスリートの方へ”だったけど、結局は私、そこはあんまり考えなかったかもしれないですね。でも少しでもそういう方の気持ちに寄り添えるようにと思って、最初に“当たり前”という言葉が浮かんで。そこの言葉遊びですぐタイトルも浮かんだんです。ちょっと入れ替えるだけで力強い言葉になるなと思って。アスリートの方たちがつまづいて、でも立ち上がって、乗り越えてっていうことをすごい繰り返してると思うから。とにかくアグレッシブで力強い曲にしたかったですね。

 

 

―――“パラは当たり前からの確認だ”とするならば、当たり前を“前に当たれ”というタイトルにしていくセンスには脱帽です。実際に出てくる言葉は、確かにこれまでの万理奈さんの曲には属する言葉じゃなかったのかもしれないけど、すごくスポーツをイメージできる言葉が満載だから、パラアスリートを“当たり前”と歌ったことでキーワードになっていて、スポーツ讃歌に着地できているところがバランスを含めて素晴らしいなと思いました。

 

“当たり前って何なの?”っていうところから始めたかった。だからこれは最初にもっていきたかったです。

 

―――このお題にこのような着地点をみつけて、力強さもあって、メロディ・ラインでファルセットを絡めたり、演出の方法というか、引き出しの広さを感じた一曲ですね。

 

歌メロもそのときそのときの自分の歌いやすいものに合わせて曲を作っていた時期もあるんだけど、今回はもっと“自分を超える”じゃないけど(笑)、曲としてこっちのメロがいいと思ったら、“ちょっとキツイかも”って思うところでもそれを採用したりとか。だから“ファルセットになってでもこっちに行きたい”とか、そういうのもありました。

 

―――自分が“一番気持ちいい”ところを採用する時期もあったけど、今回のように歌えるかどうかは未知数だとしてもこっちを優先することもあるというモードだったんですね。だから“万理奈さん節”は炸裂してるんだけど、今回は違う印象もありますね。トライしているというか。

 

そうですね。

 

―――そして「crossroad」(M9)。これ僕すごく好きです。

 

ありがとうございます(笑)。この曲も自分(笑)。わかりやすく私のことです。

 

―――これはお題としては?

 

これはギターを持って旅する私の気持ち“みたいなところを歌って欲しいというお題でした。「また逢える日まで」と結構近いんですよね、リクエスト的には。重なる部分がすごく大きくて。両方ともリクエストとしてきいていたので、全然違う曲にしたくって。だから「また逢える日まで」は”相手に向けて“だけど、もっと”内向的に”自分のことを歌おうと思ったのが「crossroad」です。

 

―――万理奈さんの内面がこういう気持ちなんだっていうのがカッコいいなって思いました。

 

(笑)。歌い始めたときは、自分がまさか“小さい頃夢見てた歌う人になってステージに立てているなんて!”、っていう。今ももちろんそうなんですけど、一方で“今日が最後かも”っていう気持ちもあって。もちろんそれは大事な気持ちなんですけど、いらないプレッシャーでもあるなって。でもここ数年で畑さんと話したりしている中で、“今日、最後”という気持ちよりも、“これが続いていく”という中で“最高を続けていく”ほうがすごい前向きだし、もちろんパワーも要るし、すごいハッピーだよねっていう話をしてて。ほんとにそうだなって思った。“今日が最後”って思えばいくらでも無理できるけど、続けていきたいし、もっと良くなりたいし。“もっと先を観てるんだ!”っていう。それが変わっていったことかな。

 

―――ずっと万理奈さんの活躍を観ている僕らファンからみて、それは“変化”ではないのかもしれないけど、こういう一面をむき出しにした万理奈さんに少しびっくりしたというか。

 

今まで歌ってない部分だと思いますね。

 

―――個人的には男性ボーカルやロック・バンドに求めがちな“むき出し”の部分を、万理奈さんの歌から感じ取れるのは贅沢な気持ちがしました(笑)。

 

特に、今まで聴いてきてくれた方はそう思うかもしれない。“新しい人に響く”というよりは、そういう曲かもしれない。

 

―――ブルージーな感じとか自由な歌いまわしは、新しい人にも充分届く要素だけど、メッセージ的な感じは、これまでも万理奈さんの世界を受け止めていた人に、“むき出し”な一面は新しい。ロック&ブルース・ファンにはお馴染みのロバート・ジョンソンの伝説とか、ポエトリーリーディングな歌い方とか、スライド・ギターのフレーズとかも新鮮です。

 

いい意味で、イメージがちょっと変われば嬉しいですよね、印象が。

 

―――「43番地のポスト」(M10)。これは、松江とか故郷とか、普段住んでいるところと故郷に距離がある人や、故郷に今も住んでいて都会じゃないかもしれないけど“ここで生きていくんだ”と決めた人が、故郷を意識する曲になっていると思いました。これはどんなお題から始まったのですか。

 

これは“70年代フォークのようにわかりやすい言葉、わかりやすいメロディで、みんなで口ずさめるような”というところと、“故郷、青春を過ごした思い出とか誰しもあるものを盛り込んだ曲になるといいな”ということで。リクエストの段階で、そのポストのことも言われてて。ライナーノーツには書いたんですけど、別に松江とかカラコロ工房とか具体名を出さなくてもいいから、それを知らない人でもそれぞれがいろんなことを想像して欲しいねって。私もそれがいいなと思った。でも“43番地のポスト”ってしたのは、それだけではなにかわからないから、知らないままでもいいし、“なんだろう?”って興味を持ってくれたら嬉しいし。

 

―――「島根県立大学の唄」(M12)は、曲の中にある“ザ・校歌”みたいなパートは、実際に島根県立大学の校歌なのですか?

 

違います。そこも私のオリジナル。

 

―――なるほど。それでは実際に島根県立大学の生徒さんにとって、この曲はどういう位置づけなのですか。

 

学長さんから直々に作って欲しいというオファーがあったんです。で、“想定してるのは、入学式とか卒業式とかそういったときにみんなで歌うというのを考えています”と聞いています。

 

―――その上で“ザ・校歌”的なパートを入れるというアイデアは万理奈さんのオリジナルなんですね。そこも含めてオーダーに応えましたという“遊び心”といってよいのかわかりませんが、素敵ですね(笑)。

 

“親しみが持てる感じで歌いやすい曲を”ということではあったんですけど、作っていくうちにそういうフックがあるといいなっていう欲が出てきて(笑)。曲の長さは大体これくらいまでだったら大丈夫です、みたいな尺も言われてたので、“いけるぞ、やりましょう”みたいな(笑)。“いらない”って言われたら、いらないでいいし。やりたいことは全部入れてみようっていう感じで。しかもレコーディングしていく中で、歌とピアノだけになったりとか、そういう匙加減もあって、ここはすごくいいセクションになりました(笑)。

 

―――このバージョンは学長さんを通じて生徒さんは聴けているのですか。

 

どうですかね、まだなんじゃないかな。

 

―――どういうふうに広がっていくか、楽しみですね。

 

尺が長いから覚えてくれるかな。歌って欲しいです、ほんとに。

 

―――実際に自分が通う学校に、そこを卒業したシンガーソングライターが母校に曲を作ってくれたら、生徒さんたちも覚えるでしょう。そこの生徒さんしか当事者になれないのだから。

 

でもアルバムに収録したことで学校と関係ない人も歌えちゃうのが面白いですよね(笑)。

 

―――いろんなシンガーソングライターがいますけど、万理奈さんは相当守備範囲が広いですよね。

 

学校だからずっと名前が載るし、残るし、すごい光栄なことですね。ありがたいです。私が卒業と同時に学校の“広報大使”に任命していただいたんですよ。だからすごい大きな広報活動のお仕事がきたな、というか。これから入学を考えている方にも、“聞いたことあるぞ、島根県立大学“って、そういうひっかかりになったら嬉しいですね。

 

―――「Rock’n Loach」(M13)、これはどういうお題だったんですか。相当、興味津々です。

 

Rock’n Loach”っていうタイトルのイベントが地元であって。そのイベントのテーマ曲どうかなっていう。でも出来上がって曲を送ったら、後日『軽い感じで言ったら出来上がってた』って言われちゃって...。“えーっ”と思ったけど(笑)。Loachってドジョウなんですよ(笑)。(島根県)安来市のイベントなんですけど、安来がドジョウすくいの街で、そこから(名前を)取ってる。会場もLoachっていうんですけど。Rock’n Loachって“ドジョウかよ”っていう(笑)。最初は私、“えっ?難しいのが来たな”って思ってたんですけど、でも発想を転換したら、“あっ、こういうの私得意じゃん”って(笑)。“駄洒落まくろう”って。ドジョウに掛けたり、RockLoachをとにかく面白くカッコよくやりたいと思って。

 

―――“ニョロニョロ”とか“すくいようがない”とか、ドジョウに掛けてるんですね。

 

そうです。“隠しワード”がたくさん入っているので、そういうのを楽しんで書いてました。とにかくノリが良くて、曲はとにかくカッコよくいきたかったので。実際にそのイベントでも演って欲しいな、と思ったし。そういうつもりでイメージして書きました。ライナーノーツもどこまで書こうかなっていつも思うんですけどね。入れたり入れなかったりですね、そのへんは。

 

―――歌うテンションとか、合いの手とか、絶妙ですね。“私得意じゃん”みたいなところは充分発揮されてますね。

 

得意というか、こういうの“好きだな”と思って。たまにこういう曲を書きたくなる(笑)。

 

―――アルバム・タイトルにも繋がる話になるかもしれませんが、これまでのアルバムでマリナッチ楽団とか音頭とかの作風があって、“今回のアルバムではそのテイストが出てこないな”と思ったけど、ここでその手腕は発揮されてて(笑)。この『愛のme』というアルバム・タイトルに決まった経緯を教えていただけますか。

 

それこそタイトルをパッとみたときに、いろいろイメージできる余裕を残したかった。曲が出揃ったときに“タイトルどうしようかな”って思って、自分の中ですごいハートウォーミングなアルバムが出来たなっていうのはひとつあったんです。そのときに畑さんに、『今回のアルバムは特にそう思うけど、山根万理奈は愛を歌う人だよね』って言ってもらって。自分でもハートウォーミングって思ってたし、“確かに今回のアルバムそうだなぁ”って思った。いろんなリクエスト、お題で曲を書いているのに、すごく山根節、パーソナルな部分が絶対出てくるし。愛は愛でも自己愛がきちんとしてるというか(笑)、あるんだよって言われて。

 

(畑)お題がかなりシビアなものもたくさん来ていて、相談もされていた。作って仕上がった曲をみたら、全部ちゃんと自分の歌になってて。そこが素晴らしいなと思って。それはなぜだろうって考えていくと、自分のことをよく知っているっていうか。ちゃんと自分の中に通したものを出してくるっていうのは、自分で考えているから。ただ“テーマをこなそう”ではこうはならないと思ったから、すごいマリちゃんぽいなって思いましたね。

 

―――“アルバム1枚だけお題というコンセプトで曲を作りました”というのだったら出来るかも知れないけど、何枚もそのコンセプトでアルバムを作り続けていて、そこで自己をきちんと投影するのは本当に恐れ入ります。それを『愛のme』というタイトルで掲げるっていうのは、アルバム何枚もチャレンジしてきたことで辿り着いた境地なんだなって思います。

 

(畑)ネットで今、“言葉を探せばすぐ一曲出来ちゃう”みたいな作り方で面白い歌を作っている人はたくさん居るけど、全部一回自分の中でちゃんと咀嚼して消化したものをリクエストで作っていくという、一番難しいけれど一番自分で楽しいはず。そういうやり方じゃなかったら、毎年オリジナル・アルバムとか出来ないんじゃないかと思って。それと面白いのは、本人は“エゴがあんまりない人だ”っていう認識でいるんですよ(笑)。

 

はい、そうなんですよ。

 

(畑)“それはすごい間違ってる”と昔から僕は思っていて(笑)。こんなにエゴが強い人みたことないぐらい、強いと思ってるんですよ。でも本人はそうじゃないという認識で、そのギャップも面白い。それがアーティストなんだと思うんですよ。ちゃんとエゴがあって、自分がどういう人間か、世の中とどう対峙するのかっていうのを考え抜かないと、歌なんてできないから。

 

わかんないからすごい考えてるんだなと思います。“自分とは?”みたいなことを、ずーっと考えてるから。でもそれはそう言われたら“そうなんだな”って、それは自分のアイデンティティとして、もうそろそろ認めようというか。

 

(畑&浅野)(笑)

 

(畑)今回のアルバムでそこをようやく腹を決めたというか、認めたんですよ。

 

両方あるのだけど“両方あるんだっていうことを認めよう”っていうか。わからない自分も、エゴが強かったり、自分のことが好きだったり、そういう自分も確かにあるんだって。どこかそこを“タブーだ”と思ってきたのかもしれないですよね、成長する過程の中で。

 

(畑)自分が大好きじゃないと人も大好きになれないっていうか。世界平和の一番根本だと思う。自分に優しくするべき。ほんとに「新優等生」は大人にこそ聴いて欲しい。

 

―――「新優等生」のミュージックビデオを拝見しましたが、受け止めるべきは中学生だけじゃない感じがしました。

 

だから結局、一番自分に返ってきたのはこの曲だったんですよ。ドン!って(笑)。

 

 

 

 

 私事で恐縮だが、僕が万理奈さんと出逢ったのは2015年、アルバム『愛と妄想、25歳。』がリリースされた頃。聴いて、惚れてしまったことで居ても立っても居られなくなり、ライブを拝見し、やがてインタビューの機会をいただいたり、レコーディング会場に押しかけてレポートさせてもらったこともあった。

前作『海とダイヤ』がリリースされたとき、わざわざぴあに来て下さり、じっくりお話を訊いてインタビューをオフィシャルサイトに掲載して下さった。大好きなアーティストの作品が生まれる過程をご本人から訊ける醍醐味。物書きの端くれとして冥利に尽きる機会だった。

その奇蹟が再び訪れた!このインタビューを読んでいただいた方に伝わっていたら幸いだが、この『愛のme』という作品は、万理奈さんがたくさんの挑戦や、意識改革や、これまで出したことのない感情を晒したうえで成り立っている。ぜひ『愛のme』を聴くときに、このインタビュー・コメントを思い出しながら曲の魅力を噛み締めてもらえたら嬉しい。山根万理奈というアーティストの魅力がひとりでも多くの音楽ファンに届く“きっかけ”に関わることが出来たら。作品を深く味わううえで、なにか“サポート”になることが出来たら。それが、万理奈さんが僕にたくさんの素敵な機会を与えてくれたことへのささやかな恩返しになると思うのです。